Holiday to Cairns ✈︎ 4
ケアンズ旅行ブログです。
前回記事はこちら ✈︎
朝食後、バスでケアンズ市内に戻りました。
行きに1dayパスを購入していたので、帰りは購入する必要なくそのまま運転手のおじさんにチケットを見せるだけで済みました。
実は朝から何度か雨に降られていたんですが、
昼過ぎには快晴に。
ぶらぶらランチ場所を探していたところ目についたイタリアンでパスタをいただきました。
そのあとは有名なエスプラネードラグーンでまったり。
2月ー3月は雨季なのでなんでそんな時期にケアンズ行くの?といわれたんですが
私のいた2日間は夜は土砂降りでしたが
昼間は快晴でシドニーとは違うトロピカルな気分を味わえました。
つづく…✈︎
Holiday to Cairns ✈︎ 3
ケアンズ旅行ブログのつづきです。
前回記事はこちら✈︎
目が覚めて2日目
シドニーとは1時間時差があるのもあって6時前には目が覚めた私は朝食をGETするため外に出ることに
行きたいカフェがあったのですが
バッパーから15分ほど歩いて中心地へ向かうもみつけられず
思い立ってバスに乗ってPalm Coveへ行くことにしました。
ケアンズ市内からパームコーブはバスで1時間ほど
大人は片道$5.8
往復のチケットもあるので私はそれを購入
カードは使えないし、同じQLDなのにGo カードも使えません。
小額紙幣のみなので気をつけましょう。
※バスの運ちゃんはconcession(学割等の要否)を聞いてきました。
もし語学学校にかよっていたり、国際学生証を持っている方は提示してみましょう。
パームコーブのバス停はケアンズの市街地からバスに乗って終点です。
インスタ映えしそうなこの建物の前で降ろされます。
そして目の前は美しいビーチ
裸足で駆け出したくなるような場所ですが
ケアンズはクロコダイルがビーチにいることで有名なのでくれぐれも泳ぐ場合はライフセーバーのいる黄色と赤の旗の間にしてください。
このあとはビーチ周辺を散策して
インスタ映えする建物1Fにあるカフェで朝ごはんをたべて市内にもどりました
つづく… ✈︎
Holiday to Cairns ✈︎ 2
前回に引き続き、ケアンズ旅行ブログです
前回記事はこちら✈︎
ケアンズの空港についてから思ったこと
とにかく日本語の案内表示が多い
英語・日本語・中国語でいろんなところに案内サインがあります
まるでハワイやグアムのようw
飛行機の遅延のせいで半日潰れてしまったため
当日は夕食とちょっとした食料を求め
市街地まで歩いて行きました。
ちょっとだけケアンズ気分を味わい、1日目は終了!
つづく…✈︎
Holiday to Cairns ✈︎ 1
はい。どうもお久しぶりです。
最近ちょっとサボり気味だったんですが、
ケアンズに旅行に行ってきたので旅行ブログを久しぶり書きたいと思います。
まず、以前の記事で紹介したようにjet starではセールを毎週金曜やってるのでそれを利用してチケットを予約しました🎫
シドニー発 11:45
ケアンズ着 14:50
のフライトでした
が、、、、!!!!
まさかの搭乗後に機材トラブルが発生し30分缶詰
そして、結局すぐに解決せずに一回飛行機降ろされました
今まで色々飛行機をつかって旅行に行ったことがあるけど、こんなことは初めて!
※昔タイからベトナム経由で日本へ帰る際に台風が来てて12時間くらい遅延したことはありますw
LCCなんでなんもくれへんやろな〜と期待してなかったんですが、
空港で使える$8のバウチャーくれましたw
その時点でメルボルンから来る機体を待つと決まってたので3時間以上遅れることが決まったんですが、
3時間で$8て舐めてんのかw
シドニーの空港で$8で飯食えるわけないやろw
ということでスムージーだけ飲んでケータイの充電してましたw
その後は搭乗ゲートが変更されたりとちょっとした問題もありましたが、
なんとかケアンズに到着しました。
そのあとはバックパッカーまでバスで移動し
cairnsbackpackershuttle.com.au
無事当面の寝床を手に入れたのでした。
www.cairnsbackpackershostel.com
つづく … ✈︎
私の英語力の伸ばし方
たぶん多くの人が気になる
ワーホリに来たら英語力=英語が喋れる力って伸びるの?
をテーマで書いていきたいと思います。
まず、私の渡豪前の英語力について
学歴としては一応関西の某有名私立大学を卒業し、在学中に英検2級を辛うじて取得
二回生の時に行ったイギリス・マンチェスターでのサマースクール後に受けたTOEIC pet?の結果は500いかないくらい
社会人になってからは英語からは遠ざかり
まぁ旅行の時はthank you!と笑顔で乗り切るといった感じでしたw
英語があんまりできないやつの典型ですねw
そして、オーストラリアに来てからの学校ではpre-interminable から始めてintermediate で卒業しました。
渡豪から一年半後日本に一時帰国する機会があったのですが、ついでにTOEICも受けてみました。
なんとその結果、、、、!!!!
735点
まぁ決してそれほど誇れる点数ではありませんが、
ちょっとなんかの壁は越えたかなと感じました。
なんでいきなり700点以上も取れたのか?
というと
ひとえにファームジョブ後に着いたシドニーでのハウスキーピングのお陰としか言えませんw
つまり、英語力が伸びるかどうかは環境と自分次第!ということですね。
何がよかったって、そのハウスキーピングの仕事日本人は私一人
そしてチームでずーっとおしゃべりしながら一日6時間くらい働くので英語がわからないと生きていけない!w
しかも、イギリス人、オーストラリア人、イタリア人、フィリピン人と非常に多国籍な職場でみんなアクセントも喋り方も違うので非常にリスニングの練習になりました
未だに自分が納得するくらい上手く喋れはしないけれど、ある程度他人の言っていることはわかります
なので今コンビニの店員兼バリスタとして一人で働くこともできてるんです。
実際テスト前に特にTOEIC対策をしたわけではなかったので
基本的に生活しているだけではリーディング力は全然伸びません
得点の内訳としてリスニングが高得点でリーディングが平均とほぼ同じくらいの点数でした。
まだまだボキャブラリーが足りないと思うことが多々ある為
学校に通い始めたらボキャブラリーとイディオム、そしてスピーキングを中心に頑張っていきたいと思います!
あと、私が他の人を見ていてすごいなと思うのが
自分の中に熱く語れる趣味のある人
こういう人は英語が少々できなくても
パッションでなんとかしちゃうので
どんどん現地人や外国人の友達ができて英語が上達していくと思います
結果として
仕事で使わざるを得ない状況にして英語力をアップさせるか
趣味と熱意で自分のモチベーションを極限まで上げていくか
これが私的に英語力をアップさせる秘訣だと思います
ぼちぼち頑張って行きましょー!
Bye👋
DAY 20
ディナータイム
寮とはいえ寮母さんがいるわけでもなく、ただ一軒家を寮として使用しているだけだった
基本的に消灯時間などもなく
学校がおわってからは
各自好きなことをして
好きな時間にご飯を食べて
好きな時間になるという状態
シェアハウスとあまり変わらない状況だった
同じ日に学校に入学したが、スペイン人Lは仕事のホリデーで3週間しかいなかった為、
Lがバイロンベイを出る前にハウスメイトみんなでディナーを食べようということになった
何を食べたのか全く覚えていないけれど
その中でブラジル人Aの言ったことが非常に心に残った
“ブラジルでは公立の学校には通えないよ。
公立の学校に行ったら銃を持っている子がいて殺されてしまうかもしれないから
それに公立の学校を卒業しても自分の名前すら書けない人がいっぱいいるんだ”
世界にはまだ自分の名前すら書けない人がたくさんいて
外を出歩けば殺されるかもしれないという場所があることを知った
そして、日本という安全な国に生まれたことを幸せに思った
オーストラリア 残る選択 去る選択
セカンドビザが切れてからもブリッジングビザで滞在中のchikoです
以前書いたように私はすでにワーキングホリデービザで2年オーストラリアに滞在し現在次のビザ、学生ビザにアプライ中です
毎年多くのワーホリメーカーがオーストラリアに訪れて、そして去っていきます
私の初期の語学学校の友達も後2―3人を残してみんな帰国してしまいました
そんな中なぜ私がオーストラリアにいる選択をしたのかというと
日本で生きていく未来が見えなかったから
という一言に尽きます。
生きるということは仕事をすることが必要不可欠ですが、
わたしは約6年の社会人生活と2年間のオーストラリア生活を経て思ったのです
もう日本での社畜生活にはもどれないと…
私は日本にいる頃実家から職場まで毎日往復約3時間以上かけて通勤していました。
労働時間は8時間。プラス休憩時間1時間
ほとんど残業はありませんでしたが、通勤時間と合わせると1日12時間以上は自分のやりたくないことに拘束されるわけです。
じゃあもっと地元で仕事探せばいいじゃんと思う方もいるかもしれませんが
大卒 公務員の初任給 手取りで17万程度のど田舎でなんの取り柄もない普通の人が仕事を探すと手取りにして都会と5万以上は違ってきます
なので時給$24をオーストラリアで経験してしまった私は日本に帰って仕事するという意味を見出せないのです
かといって現在オーストラリアは移民抑制の方向に舵を切っていますので、
このまま後2年半いたところできっと永住権を取得するというのは非常に難しいことでしょう
もしかしたら2年後に奇跡的に日本の職場環境が飛躍的によくなっているかもしれませんし
もしかしたら奇跡的にオーストラリアの移民政策が変わって永住権への道が開けるかもしれません
今後どうなるかはわかりませんが、ぼちぼち自分の選んだ道を歩いていきたいと思います